読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

おいしいとこはすこしだけ

文系出身SE見習いの備忘録。

軽度ADHDを抱えつつ20年ちょい生きてきて思ったこと

文系出身SE見習いの北白川キリコです。

働き始めていくらか経って、最近考えるようになったことなど。

 

正式な診断を下されたわけではないんだけど、スペクトラム的に自分は多分ADHDだと思う

不注意優勢型(ADD)とされるやつ。まあ、結構よく聞くやつね。

自覚している症状としては、

  • 作業になかなか集中できず、すぐ気が逸れる。一方で、一度集中し始めると周囲が見えなくなり、時間や計画を忘れる。
  • 何かと上の空で、頻繁にものをひっくり返したり、人にぶつかったり、服や鞄を引っ掛けたりする。
  • 遅刻・忘れ物・落し物が多い。事前に決めていた予定をすっかり忘れている。手帳に書くことも忘れる。
  • 部屋や机の上は常に散らかっていて、大掃除では片付けられてもすぐに元に戻ってしまう。
  • 多動は軽度だけれど、作業中に(周囲に人が居ても)独り言を言ったり、特にストレスがなくても貧乏揺すりっぽい動きをしたりする。

こういう感じ。

まあこういう人間は社会生活を送る上で困ることになるんである。何しろ生きづらい。物心ついたときからずっとこの調子で、小学校の保護者面談ではいつも「頭はいいけど忘れ物の多い子」。中学に上がると頭がいいとも言われなくなり、「気分にムラがある」「得意と苦手の差が激しい」そしてやっぱり「忘れ物が多い」。高校・大学に上がっても変わらない。

昔から私を知っている人は、こいつ本当に変わらないな、なんとかしようと思わないのかな、と思って見ていただろう。

 

言い訳をさせてもらうと、何も努力せずにここまでやってきたわけじゃない

そりゃもう、一番危機感を覚えていたのは実の親だったと思う。

いくら片付けを手伝ってやり、学校でもらったプリントはここにしまうんですよ、鍵は返ってきたらここに置きなさい、と教えてもちっとも身につかない。

部屋は何年経ってもぐっちゃぐちゃで、習い事には頻繁に遅刻する。あっちに手袋を忘れ、こっちに定期券を落とし、そのときは泣きべそかいて反省しているように見えるのに、ふた月も経たないうちにまたやらかす。

勉強に遅れている風はないし、友達も普通に作っているようなのに、異常なまでに身の回りのことがだらしない子。優しく諭しても厳しく叱っても、そのとき分かったと言うばかりで改善しない。何度「心機一転して頑張ろう」と言われたか覚えてないが、三ヶ月も経てば元の木阿弥だった。酷い話だし、酷いガキである。

 

でも本当に、なんとかしようとしなかったわけではないのだ。手帳は最初の一ヶ月ぐらいはすこぶる真面目につけたし、ファイルだってお小遣いでたくさん買い込んで科目ごとに分類して、アラーム付きの腕時計を買ってみたりした。

それでも、遅刻も忘れ物もなくし物も減らなくて、手帳は汚い部屋の隅っこで埃をかぶって、ファイルは一冊ばかりがぱんぱんになって、時計は失くして、約束の時間には特に訳もないのに二十分は遅れて、もういい加減うんざりしたような顔の親と、先生と、友人と。

 

「どうしてこんな、人として当たり前のことができないんだ」

「生活習慣なんか、心がけひとつでいくらでも変えられることだ」

「勉強ができたって、社会生活がまともに送れないんじゃ生きていけない」

 

ええ、全くその通りです。ほんとすみません。ごめんなさい。情けないです。人間のクズです。反省してるんです。次こそ頑張るから見捨てないでください。ところで今日も遅れます。

まあそんな感じでうじうじぐじぐじ、「人として当たり前のことができない落ちこぼれの社会不適合者」ってなもんで、着実に自己評価を下げてたんだけど。

 

もういい加減、こういうのはやめよう、と急に思った

いやいやいやいや。

だってさ、「人として当たり前のこと」っていうけどさあ、20年ですよ。20年どうにかしようと親子で頑張ってきて、ここまでどうにもなんないことがさあ、「心がけ一つでできる」「当たり前のこと」って言えるか?

できないもんはできないよ。他の人が「当たり前」にやってるようにはできないんだよ。やる気でどうにかなるもんじゃないよ。

なんか今考えればそれこそ当たり前の結論なんだけど、でも、「そんなのは甘えだ、そういう風に考えてるからお前はいつまでたっても駄目人間のままなんだ」という声は振り払い難くて、長いことそんな風には思いきれなかった。

一所懸命「当たり前にできる人」向けのノウハウと格闘しては玉砕し続ける20年を経てようやく、「いやこれ無理ゲーでしょ」と思うに至った。

 

しかしそんな開き直りを得た一方で、「だからってこのまま放っといていいもんでもないよな」ということも分かっていた。社会に出て自分で稼いで生きていくには、どうもこれじゃあ拙いだろう。

底辺ズルズルのところを彷徨っているレベルを、どうにかこうにか引き上げてやらないといけない。

 

そのために必要なのは、反省でも努力でもなくて、工夫だ。そんな簡単なことに気づくのに、20年かかった。

 

工夫とは、「何を犠牲にするか」の工夫である

とは言え、工夫というのは結構ラディカルなものになる。何かを犠牲にしなければならない。それはスタイリッシュさだったり、蒐集欲だったりするんだけれど。

■パスケースを首から提げることにした。

それこそ小学生みたいだが、これはなかなか良かった。落とすことはまずないし、置き忘れるようなこともない。出したカード類をしまうときにわざわざ鞄を開けてパスケースを取り出すのが面倒だからってポケットに直接カードを放り込んでそのまま洗濯に出すようなこともない(よくやっていた)。

■鞄を変えないことにした。

ファッションごとに鞄を変えるなんて器用なことはやるべきじゃない。だから財布を家に忘れたりするんだ。

[カナナプロジェクト] Kanana project アクティブリュック 48148 03 (ネイビー)

[カナナプロジェクト] Kanana project アクティブリュック 48148 03 (ネイビー)

 

その分鞄選びには時間をかけた。オシャレカワイイとはいかないが機能性の割には小洒落ていて、割と気に入っている。必要な物は全部そこに入っている。

■書類ファイルは一冊にした。

お前に分類なんかできるわけねーだろ! ってなもんである。勿論分類しておくのがベストだということは知っている、知っているが、そんなことを実践しようとしたら早晩分類そのものが面倒になって机の上も鞄の中もぐちゃぐちゃになるのは目に見えているのだ。

だったらそんな高等技術は放棄したほうがいい。全部同じファイルにぶちこむのである。いっぱいになったら表紙にマジックで日付だけ書いてデスクの引き出しに放り込む。それだけ。必要になったら、「だいたいこれぐらいの時期に受け取った書類じゃないかな?」ってとこに手をつけて探せばいいのだ。

コクヨ クリヤーブック ノビータ A4 60枚 青 ラ-N60B

コクヨ クリヤーブック ノビータ A4 60枚 青 ラ-N60B

 
■服は減らした。

フランス人は10着しか服を持たない!!!!

やったー私おフランスー!!!!!!!!

フランス人は10着しか服を持たない~パリで学んだ“暮らしの質

フランス人は10着しか服を持たない~パリで学んだ“暮らしの質"を高める秘訣~

 

ただし毎日着ていくワイシャツは別。5着買った。月火水木金で5着。土曜になったら洗う。

■漫画は電子書籍にした。

そして大半は売った。お前らのせいで部屋は散らかるし、散らかってるのを片付けようとしたらつい読んじゃって、テスト前にワンピース全巻読破とか、もう!

■集合時間は30分前にした。

正直未だに遅刻は完全に治ったとは言えないんだけれど、ムチャクチャ早く到着するつもりで行動すると、だいたいちょうど5分前に集合できるという知見を得た。

■狭い部屋に住むことにした。

今のアパートクッソ狭いんだけど、狭すぎるから足の踏み場もないほど散らかっても片付くのあっという間だし、そもそも物があんまり置けないから散らかす材料もないし。

 

「失くさないように」ではなく、「散らかさないように」でもなく、「遅れないように」でもない。「失くそうと思っても失くせないように」であり、「散らかそうと思っても散らかせないように」であり、「遅れようと思っても遅れないように」だ。

だってどう考えても「失くそう/散らかそう/遅れよう」と思ってるとしか思えない勢いでやらかすんだから、それを食い止めるくらいでないといけない。

 

だから、決して「工夫すれば快適な生活」とは言い切れない

前項を読んでもらえば分かるように、散らかさないために物を持たないようにしていることなんかも含めて、いろんな利便性をかなぐり捨てているところはある。

できないことをカバーするには、やりたいことを切り捨てなくちゃいけない部分はどうしたってあるのだ。「普通の人」と同じようにやろうとすると、どうやら私は他のものをポロポロ落としてしまうらしいから、そこはもう仕方ないと思っている。

同時に、私が切り捨てた部分は私が「切り捨ててもいいや」と思った部分だ、というのもポイントだ。例えば、いかにも部屋の乱雑さの原因になりそうなトレーディングカードの類は、私は捨てていない。でも他にあんまり物を置いていないから、極端な話、床中に散らばってもまあなんとか片付く。

 

多分、もっと「ちゃんとできる」人なら、大事なものを取りこぼすこともなく、私の今持っていたいものを持つことができて、やりたいことをやってのけられるんだろうな、と思ったりはする。

それでも、闇雲にそういう人の真似をしようとして、周囲にがっかりされたり、自分で自分が情けなくなったりするくらいなら、ちょっと何かが足りない生活なんか何ほどのもんだろうと思う。私にとってはね。

 

直接誰かの役に立つとは思ってないんだけれど

似たような生きづらさを抱えている人っていうのは多分結構いるだろう。

そういう人が、私の実践している対策を読んで、「なるほど目からウロコ!」って思ってくれるか、って言うと、あんまりそんな期待はしていない。多分、「そこは困ってねーんだよ」とか、「その程度の対策でどうにかなるならとっくにやってんだよ」とか、「片付けられない奴は狭い部屋住めってか冗談じゃねえ」とか、十人十色の困り感には帯に短し襷に長し、毒にも薬にもならないような記事になっていると思う。

 

ただ、20歳を超えてもどーしよーもなくて、でも今になって、少しは以前よりマシだと思えて、もうちょっと自分を肯定できている人間がいるということには、希望を持ってもらえたらなあと思ったりする。

 

「私は私でこうなんだから仕方ない」と割り切ろうとすると、必ず「甘えるな、みんな頑張って克服しているんだ」という声がする。その声の主は親かもしれないし、教師かもしれないし、全然無関係だけれど「あなたのためを思って」声を掛けてくれる善意の人かもしれない。

でもね、そんなもんほんと、クソ食らえですよ。その人たちが毎日私のケツ叩いて時間守らせて部屋片付けさせてくれるんですか。違うでしょ。親だっていつか死ぬんですよ。

「私は私でこうなんだから仕方ない」の次の一手を考えるのが唯一のサバイブの術なのに、その手前で「人として当たり前のことガー」とか言っててもしゃーない。

自分の意志で「できない」なら、外部から「やらせる」、なんなら「勝手にやってくれる」システムを作れ。だらしない自分がだらしないまま生きていくためのマクロを組め。君だけのデッキでライバルたちに挑め。

 

そんなわけでどうにか生きてます

まあまだ遅刻はするけどね……それでもだいぶ減りました。

とりとめのない乱文になってしまったんだけれど、なんかこう、すっごい生きづらいってときに、「どっかに抜け道とかないかなあ」って探してみるのは、ほんと大事だ。もっと言えば、「もっと楽できないかなあ」って思うのは、正しい。正攻法で勝てないのは別に恥じゃない。

最後にどうにか生きてたほうが勝ちだ。多分ね。まだ若いので、悟ったようなこと言うには早いかもしれないけど。

 

だいたいこんなことを考えつつ生きているという話。